かつてこの地には
忍者が存在した

In the past, ninja existed
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吾妻真田忍者のすべて

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善導寺

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歴代の吾妻太郎を慰霊する

善導寺

岩櫃山の東麓・岩櫃玄関口に善導寺はあります。創建は貞治年間(1362~1368)、吾妻太郎が開基とされるが、吾妻一族にまつわる怪異が伝わっていました。吾妻太郎行盛の六代末裔・斎藤憲広の怨念により、本堂の工事が仕上がるたびに火災に見舞われました。武田信玄が上野国への侵攻を本格化させ、真田幸隆が指揮した侵攻軍が岩櫃に押し寄せた際、侵攻軍に脅された善導寺の住職が岩櫃城に秘密の水源があることを話してしまい、水を断たれたことが原因で岩櫃城は落城したと言われています。以後、善導寺の怪火は永禄、慶長、寛文、享和、天保、明治と続きましたが、一貫して吾妻太郎を祀りました。斎藤堂があり、斎藤基国の木像を護り、吾妻太郎一族の慰霊を執り行っています。まさに吾妻太郎の菩提寺。吾妻太郎一族諸霊の慰霊碑は参道にあり、春には桜並木からの桜吹雪に埋め尽くされます。吾妻真田忍者の棟梁・出浦昌相のお墓も境内のどこかに存在するという地域の言い伝えもあります。台湾で「聖人」と慕われる東吾妻の偉人・石坂荘作先生のお墓もあります。

場所 〒377-0801 群馬県吾妻郡東吾妻町原町1084 GoogleMap
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